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今すぐ使える意識高い系用語2

2、コギト・エルゴ・スム




鳳凰院凶真





今すぐ使える意識高い系用語その2です。





なんの呪文だ(笑)と思った人は多分、RPGをやりすぎている人か、マリクイシュタールか鳳凰院凶真こと岡部倫太郎が大好きな人です。




コギト・エルゴ・スム!!  とは





僕が大好きな哲学者のデカルトの思想の根幹をなすものです。



でましたデカルト。有名な方法的懐疑に加え、物心二元論などと言う超画期的な考え方を生み出した哲学者。



僕は高校生の時にこの物心二元論に魅せられ、国語が大好きになりました。




世の中にありとあらゆるものは物と心に分けられる…すなわちロゴスとパトス、理性と感情、近代と伝統、日常と非日常、合理と非合理…




デカルトの物心二元論については、いつか書きたいと思ってますが、分量が膨大なうえ、もう一度勉強し直さないと話がつながらないと思うので、今回はやめます。




今回は有名な、方法的懐疑のほうです。






デカルトといえば、「我思うゆえに我あり」ですよね。



デカルトは、真実とは何か。それを発見するために、この世のありとあらゆるものを疑ってきました。方法序説にそう記されています。



目に見えるものだけではありません。夢さえ疑いました。



でもそんな彼にも唯一疑うことができないものがありました。





それが、「疑うという行為をしている自分の意識」です






これだけはどうしても疑いきれなかったんですね。




昔の人はやることもなかったわけですから、こういう益体のない妄想に永遠に耽っていたわけです。(言い方が悪い)



まあそういう思想が集結してひとつの考え方が生まれたり、学問として成り立っている以上、偉大なことなんだと思うわけですが。





で、このデカルトの「我思うゆえに我あり」をラテン語になおすと冒頭の




「コギト・エルゴ・スム!!」



になるわけです。





確かなのは自分の意識だけです。最後は自分を信じるしかない。




彼はそう言いたかったんでしょう。





はっきり言って、こんな言葉を普段使っていたら、頭おかしい人だと思われるでしょうが、



「結局最後は信じられるのは自分だけなんだよね。コギト・エルゴ・スムってことさ」





みたいな感じで厨二病っぽく使ってみてはいかがでしょうか。

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[ 2016/04/10 09:00 ] 国語 | TB(0) | CM(0)
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